レーガン政権のデレギュレーション
レーガン大統領が就任後最初にとった措置の中に、連邦公務員採用の凍結、賃金物価安定委員会の廃止と並んで国産原油価格の統制撤廃が含まれていました。
カーター政権下で金融証券の自由化が始まっていましたが、レーガン政権のデレギュレーションはこれを重要な政策手段と位置付け、環境・安全への規制にも緩和が及んだ点が特徴です。
民間航空、トラック輸送、天然ガス、自動車の安全基準、鉄鋼業の大気汚染基準、放送事業認可と極めて広範囲に広がっていきます。
いずれも民間企業・個人の活動を尊重し、その活力を疎外しそうな規制を緩めた一方で政府の人員・予算を節約する狙いでした。
金融政策はマネタリストの主張に沿って、通貨供給量の伸びを抑えてインフレを退治、金利も下げて企業の投資意欲に拍車をかける、とのシナリオが描かれました。
金融政策の責任を持つ米連邦準備理事会(FRB)は81年2月、M1(現金、当座預金、小切手振出可能預金の合計。なお日本では普通預金も含む)について年3~6%の伸びに・・・
またM2(M1に貯蓄性預金を加えた合計)は6~9%増とするマネーサプライ目標値を決定しました。
従来の金融政策はまず金利水準を考え、その誘導で景気を操作し・補助的手段として通過供給量を調節します。
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