ひとり歩きを始めた企業
事件当時、仲間の党員たちとたびたび話し合いをしたそうですが、皆彼と同じ意見だったといいます。
しかし、党中央の手前それを公言することはできなかったのです。
天安門事件についてはいずれ再評価される時期がくるに違いないと、彼は確信していました。
工場の話に戻りましょう。
社長は工場を拡大し、冷蔵庫を大幅に増産させようと考えました。
しかし、そのためには中央政府の許可が必要でした。
冷蔵庫の生産台数は毎年、中央政府によって決められています。
それによって原材料が割り当てられるのです。
「私たちからみれば、中央がつくった計画はそれほど完壁ではないものが多いんです」
・・・社長ははっきりとした口調でこう言い切っていました。
「うちの工場にしてみれば、今年45~50万台の生産ができるのに中央は32万台しか許可してくれなかったんです。
まあ、会社の社長としては国の計画経済の力を弱めて、市場経済の部分を増やしてほしいんです」。